#029 悲報:米国永住権を放棄した件


私は米国永住権保有者でしたが、3度目の同国駐在からの帰国後に放棄しました。

現地移民弁護士への高額な費用と多大な労力を使い取得し、且つアメリカ好きなので、帰国後もできれば保有していたかったというのが本音です。

しかし米国への永住回帰予定もなく生活の拠点を日本に移した以上、永住権の維持が現実的選択肢ではないことを私はそれまでの経験からも知っていました。

そもそも米国永住権は一度取得すると生涯有効となるものではなく10年毎更新制です。

その手続きには米国内での本人面接もあり、更新時期だけの短期訪問で対応できるものではありません。

つまるところ永住権は「実質的に米国に永住する権利と同時に義務」であり、居住することなく永住権を保有するという発想そのものに無理が出てきます。

その無理さ加減を税務上と入国上の観点からも整理してみましょう。

先ずは税務上です。

日本の個人所得税は「属地主義」であり、本人の国外居住期間中は、不動産の貸付け収入など日本国内での源泉所得が発生しない限り課税されません。

一方米国の個人所得税において、永住権保有者には市民権保有者同様に「属人主義」としての全世界所得に対する確定申告納税義務が発生します。

現実には日本の所得税率の方が高く二重課税はないので、日本での確定申告書も添付して米国でのtax filingをすれば、日本の所得に対しての米国での追加納税は発生しません。

しかし毎年の書類準備と現地起用の税理士費用は相応の負担となります。

また米国所得税には分離課税扱いで低い税額計算となる「退職所得」という概念は存在しませんので、退職金が発生する年にはその支払いが日本であっても米国での所得課税対象となります。

さらに毎年、確定申告とは別に米国外で保有する全ての金融機関口座の年末残高含めての詳細報告の義務もあります。

そして「とどめ」は永住権を放棄する(または居住実態なしとの判定で「させられる」)場合、その時点での全世界資産の詳細報告の上、一定額以上となると通称「国籍離脱税」と呼ばれるExpatriation Taxが課されることです。

次に入国管理上の問題です。

こちらは国土安全保障省(Department of Homeland Security)の管轄です。

原則は1年以上米国を離れると永住権を失いますが、最長2年までであればその理由を事前に申述して、「再入国許可(Re-entry Permit)」を取得することによって米国以外に滞在することが可能です。

「再入国許可」は1度は延長することが可能ですが手続きは米国内で行う必要があり、その事由に余程の正当性がないと困難です。

「日本居住でも年に1度のハワイ旅行で入国実績を残せば米国永住権を維持できる」的なことを言う人がいますが、それは都市伝説レベルの話です。

私の場合、実は米国永住権の保有期間中に数年ほど東京本社勤務に戻った事がありましたが、仕事上ほぼ毎月米国出張があったので入国時には「本拠地は米国で日本への出張が多いだけ」という建て付けで通しきりました。

それでも別途、イランやベネズエラ等の米国敵性国家への日本からの出張も多くあったため、その直後の米国入国審査ではパスポートに残るそれらの国々のスタンプを見られては「米国出発から今回戻るまでの旅程と目的」を詰問されたことが何度もありました。

また、機内持ち込み鞄を開封させられて「今日出張から戻りアメリカに帰国したばかりと言うのに、整頓された衣服ばかりで洗濯物が何故ないのか」との鋭い質問を浴びせられたこともあります。

一方、税務担当の歳入庁(IRS)と入国管理担当の国土安全保障省(DHS)との連携はないようでした。

よって入国審査時に米国での確定申告の励行が入国審査上有利になることも無ければ、その申告書に記載されている居住地が日本となっている事が問題となることもありませんでした。

IRSの興味は「永住権保有者の課税管理と全世界資産把握」でありDHSの興味は「不審者を排除する入国管理」に尽きるようです。

この2つの異なる省庁両方の要求を併せて、米国永住権保有者としての立場を日本で維持することは大変です。

それは毎年の米国への確定申告や保有資産の報告義務は負う一方で、かなりの期間と頻度での米国滞在歴を継続できない限り、偽りの永住権者としていつ再入国拒否の憂き目に遭い、且つ上述のExpatriation Taxすら課されるかもしれないというストレスフルな状況を意味します。

米国永住権は「米国以外に住みながらも何時でも自由に気軽に訪問できる生涯有効なVIPカード」ではないという話でした。


米国大使館に返納した「グリーンカード」


追記:

米国永住権があると入国審査時に混雑しがちな外国人用の「訪問者レーン」を使わずに米国市民権者とほぼ同等の扱いになります。

しかし”Welcome Home“と掲示されたその「ファストトラック」利用の快適さの代償としての永住権維持の心労は、米国外に住む限り割に合うものではありません。


2023年06月07日