#033 海外不動産投資と相続


自己利用の別荘として、または賃貸用物件として、海外不動産投資へと誘う広告や記事を見かけることがあります。

そこには素敵な写真やイラストとともに、その国の成長性、投資対象物件の収益性、現地の良好な治安状況等々が、いわゆるマンションポエム的な見出しと共に書かれています。

仮に英語(乃至は現地語)ができなくても、契約から物件引き渡しまで業者によるサポートがあるそうですが、それでも海外での不動産現物投資には「相応の覚悟」が必要です。

それは、業者サポートの有無にかかわらず、所在国での登記、保険付保、メインテナンス、税務処理等に関して物件引渡し後に何か問題が発生すれば、それは所有者の自己責任となるからです。

更には購入者が存命中にその物件を売却しない限り、将来的にはその海外不動産にも相続が、いずれ発生します。

その際の現地での相続税や名義変更等の手続きに関するプロセスや費用まで事前に確認し準備をしておかないと、将来「海外”負”動産」として、相続人となる配偶者や子どもにまで恨まれる結果にもなりかねません。

一例として日米の相続制度の違いを基に見ていきます。

日本では相続発生後に相続人が相続財産を包括的に承継して、そこから被相続人の債務弁済や相続税の支払いをするのが基本形です。

一方米国では、相続発生後に被相続人の財産はいったん裁判所の管理下に置かれます。

そして裁判所任命の遺産管理者(Personal Representative)により、遺言書の確認、相続財産と相続人の確定、債権者への公告、負債の支払い、遺産税の申告と納付と、一連の手続きがなされた後に、やっと相続人への遺産分配となる、プロべート(Probate)と呼ばれる独特の手続きが適用されます。

日本式の相続税(inheritance tax)は財産を受け取る相続人が納付するのに対して、米国式の遺産税(estate tax)は財産を遺し亡くなった被相続人(または遺産そのもの)側で納付するというイメージです。

この相違点は贈与税の納税義務者が日本では受贈者であるのに対して米国では贈与者であることからもその整合性を理解できます。

次に相続税の対象となる財産の範囲に関してですが、日本では日本国籍者の被相続人が亡くなる10年以内に日本国内に住所がある限り、相続人が長年に渡る海外在住者であっても、国外に所在する相続財産も含めてすべて日本での相続税対象となります。

一方、米国には「ドミサイル(Domicile)」という独特な考え方があり、銀行預金や有価証券等は被相続人の国籍地(または居住地)の管轄にゆだねられる一方で、不動産に関してはその所在国での相続手続きと遺産税の支払いが必要となります。

すなわち本邦在住の日本人が、米国不動産を所有したまま亡くなると、その遺族は日米両国での税務ならびに名義変更などの相続手続きを同時に取り進める必要が出てきます。

実際には米国遺産税の控除額は大きく、日米租税条約による二重課税の回避もありますので、日米両国で遅滞なく必要な民事的並びに税務的な手続きをする限り税負担が倍になるということではありません。

また米国ではプロべート手続きを避けるために「取消可能生存信託(Revocable Living Trust)」の設定が流行していますので、米国不動産を所有する日本人としても、それを真似てみることも可能です。

しかし日米両国での税務対策とスムースな名義変更を含めた相続をするには、いかなる場合でも現地での税理士と弁護士を起用することが不可避となり、費用と時間が相当に掛かることでしょう。

相続人が語学力に不安がある場合、日本語対応可能な業者または専門家に丸投げできるのかもしれませんが、その場合は委託先の「養分」となり続けて、支払い総費用が相続財産価額を上回るような悲劇も起こり得ます。

相対的に法整備も万全で専門家も多い米国での不動産ですらこのような状況の一方で、最近の海外不動産広告には、ついひと昔前まで内戦に明け暮れていたような東南アジアの小国での投資物件すら見かけます。

包括的なカントリーリスク管理という意味で、投資家自身がどの程度その国の民法・相続税法等の基礎を理解して購入しているのかが他人事ながら心配になります。

追記:

税制改正により2021年確定申告分より、個人が購入した海外不動産に関して、「国外中古建物の減価償却費に相当する部分の金額については生じなかったものとみなす」こととなり、それまで富裕層の間でブームとなっていた節税策に封印がなされました。

No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算|国税庁 (nta.go.jp)

国税庁の本来の主旨に加えて、この通達が出口または相続戦略のない将来に禍根を残す安直な海外不動産投資への抑止力にもなれば、それは一石二鳥のように感じます。


2023年08月31日